気まぐれブログ


    2011年 保存 故郷の壊滅  未だ時は動かず
    2012年 保存 函館モニターツアー
    2013年 保存 感動の光景
    2014年 保存 北海道道央を訪ねて 現地カメラマン
    2015年 保存 鉄道写真
    2016年 保存 あの日から5年 年末によせて
    2017年 新年を迎えて 東日本大震災の記録 秋遊 ひがし北海道



故郷の壊滅 (2011年4月7日)


私の故郷は、宮城県石巻市雄勝町である。雄勝町は南三陸のほぼ中央に位置し、リアス式海岸特有の入り組んだ地形で、
古くは十五浜と呼ばれていた。町の産業としては「雄勝硯」が有名で、 仙台藩祖 伊達政宗公もこの硯を愛用したという。
また、カキやホタテなどの養殖も盛んで海や山の幸が豊富なところでもある。

私の父は、中学校の教員を長く務め、祖父母と同居するため雄勝に居を移したが、退職後も住み続け終の棲家とした。
それからは、母が一人で生活を営んでいた。ところが、3月11日に起った 東北地方太平洋沖地震による大津波で、
町の殆んどが壊滅してしまったのだ。

被災後、母や叔母の安否を気遣い妹と二人で現地へ向かったが、そこで見たものは目を覆わんばかりの悲惨な光景であった。
難を逃れた知人の話によると、大津波は17mの高さで押し寄せ、 一気に町の大半をのみ込んだという。
その時の恐怖は、想像を絶するものであったに違いない。

あれから、1ヶ月になろうとしているが、その間は まるで夢を見ているような毎日だった。 そして、故郷の惨状を目の当たり
にして、改めて生きていることの尊さを実感した。東日本大震災における死者・行方不明者は、およそ2万5千人にのぼり、
国内最悪の地震津波災害となって しまった。

私の母も犠牲者のひとりだが、同じく亡くなった叔母や母の友人と共に、安らかに眠ってほしいと願うばかりである。




未だ時は動かず (2011年6月21日)


宮城県石巻市立大川小学校は、私の故郷 石巻市雄勝町へ向う途中にある。 場所は、南三陸の追波川 (北上川本流)河口
より5kmほど遡った 河北町釜谷地区にあり、すぐそばには新北上大橋が架かっている。

大川小学校では、東日本大震災による大津波で児童108人のうち74人が死亡・行方不明、教職員も10人が死亡・行方不明
となっている。 大津波は、2階建ての校舎をすっぽりのみ込み、新北上大橋の約1/3をも破壊した。

震災後、私は故郷へ向うため 大川小学校の近くを何度も通ったが、あまりの悲惨さにシャッターを押すことさえできなかった。
しかし、震災から100日が過ぎた今、やはり写真に残しておくことにした。

犠牲となった児童の保護者の多くは、学校側の対応に納得していないというが、亡くなられた教職員の無念さを思うと哀れで
ならない。どちらの遺族にとっても、あの時から時間が止まったままなのかもしれない。




函館モニターツアー (2012年7月)

7月中旬、「Hut 函館モニターツアー」 に参加した。このツアーは、JR東日本とJR北海道、函館市コンベンション部の共同企画で、
応募総数2400余りのうち、抽選でペア10組×5日(100名)という難関であった。その旅行代金は、1名につき 10000円という
格安価格なのだ。

この旅行代金には、仙台から函館までのJR新幹線と特急乗車券(往復分)、ホテル宿泊代(1泊朝食付き)、市電貸切料、
街歩きガイド料、遊覧船乗船料金、青函連絡船記念館入館料などが含まれている。



ツアー1日目は、函館駅到着後 貸切市電「Hut号」に乗車し市内遊覧、街歩きガイド(約150分)、遊覧船ブルームーン乗船後
フリータイムとなった。そして、映画やテレビの撮影にも使われている「八幡坂」を上り周辺を散策してから、ロープウェイで
函館山山頂へ向かった。日没後、世界一ともいわれる函館山からの夜景を堪能し、ホテルへチェックインした。
百万ドルの夜景は、何度見ても素晴らしい ものである。

ツアー2日目は、青函連絡船記念館摩周丸にて、元一等航海士と通信長による船内ガイド(約60分)後フリータイムとなった。
そして、ベイエリアにある赤レンガ倉庫群や元町界隈を散策し、午後 函館駅を後にした。

函館行は これで3回目だが、ツアーで訪れたのは初めてである。今回のツアーは2日間とも天候に恵まれ、久しぶりの函館
観光を満喫できた。しかし、限られた時間内での行程は少々無理があったことは否めない。これも、格安な旅行代金を
考えれば致し方ないところでもある。
旅のアルバム 函館を訪ねて




感動の光景 (2013年5月)

福島市松川町水原地区は、絶滅危惧種に指定されている「クマガイソウ」の群生地である。現在、自生する群生地としては、
この水原を含め全国で3か所しかないという。

クマガイソウはラン科の多年草で、観賞価値が高いため乱獲され数が激減してしまった。そのため、水原地区では2002年に、
地域住民が公的支援を受けながら保護活動に乗り出した。 そして、2003年5月には群生地を一般公開した「第一回クマガイ
ソウの里まつり」を開催し、今年で10回目を迎えた。水原のクマガイソウ群生地では、例年5月中旬から下旬にかけて 見ごろ
を迎え、8000株以上もの花が咲き誇る。

水原の群生地は、ほんとうに「クマがイソウ」な山奥だが、クマガイソウの群生と対面した時はとても感動した。それは、花の
数が圧巻で、山の斜面にびっしりと咲いていたからだ。 また、鬱蒼とした木立の根元に咲いているため、時折りスポットライト
のように射す太陽の光が、何ともいえない雰囲気を醸し出していた。

今回、初めて水原のクマガイソウ群生地を訪れたが、環境整備や盗掘などの防止に努力をされている「水原の自然を守る会」
の方々のお蔭で、このような素晴らしい光景を目にすることができた。 心より感謝申し上げたい。

これからも、日本の自然財産として、いつまでも守り続けてほしいものである。

旅のアルバム 水原のクマガイソウ群生地




北海道道央を訪ねて (2014年5月下旬)

久しぶりに、北海道道央の旅へ行ってきた。今回は、名鉄観光の企画による 期間限定・スカイマークで行くシェラトンホテル
札幌3泊4日プランを利用した。旅行代金は、大人ひとり 21800円という格安価格で、その中には仙台空港〜新千歳空港間の
往復航空券、ホテルの部屋は20階以上のDLXツインルームとホテル温泉スパ入り放題券(通常1日1300円)、さっぽろテレビ塔
展望台入場券(720円)が含まれている。

スカイマークは、平成8年に設立された LCC(格安航空会社)で、最新鋭機 B737-800 を導入しているため、大手航空会社の
子会社機よりも快適な空の旅ができる。しかし、時間帯によって駐機場が空港ビルから離れている場合があり、空港敷地内を
バスで移動しなければならない。これも、大手航空会社の半額以下でフライトできることを考えれば、致し方ないところでもある。

1日目は、仙台空港発 13:45、新千歳空港着 15:00 と予定通りのフライトで、その後 JR快速エアポートに乗り、新札幌駅北口の
シェラトンホテル札幌に到着。チェックイン後、地下鉄東西線に乗り、夕方の大通公園周辺を散策した。

大通公園では、ところどころにライラックの花が咲いており、新緑とのコラボが美しかった。その後、大通公園の夜景を撮ろうと
したが時間的に早かったので、近くにあった 居酒屋 根室食堂に入り、鯨肉が特徴の根室海鮮丼(924円)や札幌ジンギスカン
などを味わった。しかし、夜7時を過ぎても外は暗くならず、ほろ酔い気分になったので、夜景は諦めホテルへ戻った。

  

2日目は、シェラトンホテル札幌企画・旭山動物園と美瑛観光バスツアー(820円入園券付きで大人ひとり2500円)に参加した。
朝8時にホテルを出発し道央自動車道を通り、旭川市 旭山動物園に到着。滞在時間は3時間20分だったが、 動物たちの特性を
生かしたユニークな展示方法に目を奪われ、時間が足りないほどであった。

次は美瑛に向かい、途中パッチワークの丘やケンとメリーの木などを車窓から眺め、展望花畑・四季彩の丘に到着。当日は天気が
よく、四季彩の丘からは大雪山連峰や十勝岳連峰が見渡せ、改めて北海道の雄大さを実感できた。しかし、ちょうど花の入れ替え
時期だったので、花数が少なかったのは残念だった。 その後、上富良野・中富良野を通り、物産交流館フラノマルシェで買い物を
してからホテルへの帰路についた。

  

3日目は、大通公園周辺を散策し、さっぽろテレビ塔展望台に上り札幌市内を俯瞰してから、JR札幌駅に向かった。そして、
快速エアポートに乗り32分でJR小樽駅に到着後、駅近くの三角市場で 小樽海鮮丼(よりどり3品1500円)を味わった。その後、
路線バスで北運河近くまで行き、小樽運河沿いを散策しながら歴史ある建物などを見てまわった。

次に、色内大通りや手宮線跡地、日銀通り(北のウォール街と呼ばれた銀行街)などの歴史ある建物を見てまわった。最後に、
小樽運河観光のハイライトである浅草橋周辺を散策したが、団体観光客や修学旅行の学生たちで混雑しており、写真の構図
には聊か苦労した。そして、JR小樽駅まで戻り、快速エアポートに乗りホテルへの帰路についた。

  

4日目は、JR札幌駅の北側に広がる、北海道大学札幌キャンパスを散策した。ここは、明治9年 (1876) に札幌農学校として
開校し、広大なキャンパスにはクラーク胸像や古河記念講堂、ポプラ並木、 イチョウ並木、第二農場牧牛舎など、牧歌的な
風景や歴史ある建物が散在しており見応えがあった。

その後、早めに新千歳空港へ向かい、空港ビル2階で買い物をしてから、3階の北海道ラーメン道場で札幌味噌ラーメンを
味わった。帰路は、新千歳空港発13:20、仙台空港着14:30 と予定通りのフライトであった。

今回の旅は、4日間とも天候に恵まれ、予定した行程をクリアできた。これは、4日間すべてフリータイムであり、5月下旬の
天候安定日を選んだことが功を奏した。次回は、いつになるか分からないが、 思い出深い 支笏・洞爺湖や道東を旅したい
と思っている。

  

旅のアルバム 北海道道央を訪ねて




現地カメラマン (2014年9月)

7月に、月刊「旅行読売」現地カメラマンの募集があったので応募してみた。先日、その審査結果が届き 採用され契約を結ぶ
ことになった。私は、遠近を問わず旅が好きなので、軽い気持ちで応募したのだが まさか採用されるとは思わなかった。

現地カメラマンの撮影業務は、旅行読売の記者が同行し、テーマに基づいた内容に従って写真撮影をするという。しかし、
これまでは自分のペースで気ままに写真撮影をしてきたので、記者の指示を仰ぎながらの撮影は少し窮屈かもしれない。

また、過去に撮影した花や紅葉、観光地の写真などの提供依頼もあるとのこと。早速、新しい外付けHDDを購入して、過去の
膨大な画像を整理しなければならない羽目に陥ってしまった。

いずれにしても、私が今まで撮ってきた写真を見直す機会ができ、微力ながらも読者に対して 旅の情報を伝えられる業務に
就けたことは幸運なことである。




鉄道写真 (2015年12月)

私が、鉄道写真を本格的に撮り始めたのは、昨年の5月に北海道道央を旅した時からである。そのきっかけは、4日間滞在した
JR新札幌駅近くにある高層ホテルの部屋から、函館本線や千歳線を走るいろいろな列車を俯瞰し、北海道の雄大な大地と
どこまでも延びる鉄路に感動したからである。

その後、私は旅心を掻き立てるような鉄道風景や四季折々の鉄道写真を撮りたいと思い、旅行先で地図を見ながら田園風景
や鉄橋などの撮影スポットを探すのが楽しみのひとつとなった。また、自分の足で探した撮影スポットにカメラを構え、列車が
到着 するまでの間の緊張感も魅力のひとつである。

今年は、例年より写真を撮る時間が増やせたので、積極的にフォトコンテストへ応募をした結果、風景やスナップ写真などで
8つの入賞・入選を果たすことができた。だから、私の道楽を認めてくれた家族にも感謝の気持ちでいっぱいである。




あの日から5年 (2016年3月11日)


未曽有の東日本大震災から5年の歳月が流れた。先日、私は震災の犠牲となった実家の母や叔母たちの慰霊を兼ねて、久し
ぶりに故郷の宮城県石巻市雄勝町を訪ねた。

雄勝町中心部では、被災した建物などが撤去されていたが、整地されたままの更地が多く復興の遅れが目立っていた。また、
知人の話では、地元住民の居住地が高台に移転することが決まったのに、海岸線に沿って高さ9.7mもの巨大な防潮堤が
建設される予定だという。

巨大防潮堤の建設費は130億円で、完成しても内側に住宅等は建てられず、海も眺められなくなってしまうのだ。だから、住民
の多くが防潮堤建設に疑問を持っており、130億円ものお金を使うなら他の復興関連事業に回してほしいとの要望があると
いう。

復興関連事業は、被災地によって大きな格差が生じているのは確かである。そして、被災地の人口減少も顕著になっている
今だからこそ、国や地方行政は もっと地元住民の声に耳を傾けるべきではないだろうか。

あの日から5年、震災の記憶は薄れつつあるが、私は折に触れ故郷の惨状や、その後の現状を少しでも伝えて行きたいと
思っている。



年末によせて (2016年12月28日)



ビコム鉄道カレンダー2017 掲載作品

先日、映像ソフトを制作・出版販売している ビコム(株)から、鉄道カレンダー2017フォトコンテストの審査結果発表があった。
私は、このコンテストに初めて応募したのだが、並み居る撮り鉄さんたちを押しのけ入選してしまったのだ。

鉄道写真の経験が浅い私にとって、この出来事は まさに ”びっくりぽん”で、2016年の目標としてきた鉄道写真コンテスト入選を果たすことができた。

また、今年は新しい写真機材として ニコンD7200(APS-Cセンサー)を購入した。それは、現在メインとして使用しているニコンD750 がフルサイズセンサーのため、望遠側が物足りなかったからである。

ニコンD7200に、AF-S NIKKOR 70-200mm f/4G ED VR を装着して撮影してみたが、全体の重さのバランスもよくローパスフィルターレスセンサーによる高画質の画像は満足のいくものであった。

この1年をふり返ってみると、健康面での不安な時期もあったが、持病の腰痛が悪化せず好きな写真撮影をコンスタントに続けて
こられたのは幸せなことである。




新年を迎えて (2017年 歳旦)

いよいよ、2017年の幕が開けた。十干十二支では 「丁酉(ひのと・とり)」 年で、占いによると経済は停滞し、潜在的な脅威
から国同士の対立が深まるといわれている。

戦後における酉年の主な出来事を調べてみると、第二次世界大戦終結 (1945)、日本の南極越冬隊が南極大陸初上陸 (1957)
スペースシャトル初のミッションで打ち上げ (1981)、EUによる単一市場が設置 (1993)、JR福知山線脱線事故発生 (2005)など、
歴史に残る出来事があった。

さて、私の今年の抱負は、写真では旅情を感じさせる風景や、鉄道写真の質が向上することを目標としたい。そして、今年も無理
をせずマイペースで旅や写真ライフを楽しみたいと思っている。




東日本大震災の記録 (2017年3月12日)


大津波で破壊された屋上の大時計 (宮城県石巻市雄勝小学校)

東日本大震災から、6年の歳月が流れた。私の故郷である、宮城県石巻市雄勝町でも震災による大津波で、多数の犠牲者が出た。
そして、私の母も犠牲者の一人となってしまった。

毎年、3月11日が近づくとテレビやラジオなどでは、震災の特別番組が放送されている。しかし、6年も経つと私を含め被災地
でも、震災の記憶が薄れているのが感じられる昨今である。

被災地では、やっと復興が進み震災の傷跡が見えにくくなってきているようだが、復興関連事業は地域によって大きな格差が
生じているのは確かで、宮城県北沿岸部でもマスコミに取り上げられるのは、復興が進んでいる町ばかりである。

また、震災による避難生活者は、現在でも12万人を超えるといわれており、地元被災者は今も癒えぬ悲しみや苦しみを抱えて
いるのが現状である。

今年は、震災犠牲者の七回忌である。私は震災の記憶を繋いでいくために、少しでも多くの方々に震災当時の悲惨な状況を
見ていただきたいと考え、もう一度震災の記録写真をアルバムに纏めて公開することにした。

アルバム 東日本大震災の記録




秋遊 ひがし北海道 (2017年10月中旬)

  
今年の秋旅は、阪急交通社 「感動のひがし北海道絶景名湯めぐり」 仙台空港発着3泊4日ツアーに参加した。このツアーは、
ひがし北海道の紅葉シーズン限定で、世界遺産知床まで11絶景を貸切バスでワイドに巡る旅である。

私は、20歳代の頃 ひがし北海道を旅したが、その時は天候が悪く 阿寒富士や摩周岳、知床連山などは雲に隠れたままであった。
しかし、今回のツアーでは これらの山々がくっきりと姿を現し、写真に収めることができた。 また、宿泊先は3日とも 道東を
代表する温泉地で、源泉100%かけ流しのお湯を味わうことができた。

ツアー1日目

  
11:40 新千歳空港を出発し、道東自動車道で清水町 日勝峠 とかち亭へ。ここでは、地元のスイーツ試食会と十勝平野を展望。


  
道東自動車道で足寄町 あしょろ庵へ。ここでは、地元の乳製品試食会。店内には、足寄町出身の歌手 松山千春の写真などが
展示されている。


  
R241足寄国道でオンネトーへ。オンネトー到着は日没近くだったが、紅葉もきれいで雌阿寒岳や阿寒富士がくっきりと見えて
いた。


  
R241足寄国道で阿寒湖温泉へ。ホテル阿寒湖荘泊。(バス走行距離 約290km)翌朝、阿寒湖畔の紅葉も見頃できれいだった。


ツアー2日目

  
08:00 ホテルを出発し、阿寒町 阪急農園へ。ここでは、ジャガイモの収穫体験と試食会。私は腰痛用心のため試食会のみ参加。


  
道の駅 阿寒丹頂の里 トイレ休憩後、鶴居村・弟子屈町経由で摩周湖第1展望台へ。曇り空だったが、摩周岳は くっきりと見えていた。


  
つづら折りの坂道を下り、川湯温泉近くの硫黄山へ。山肌は荒涼として、硫黄の噴煙が音を立てて吹き出し迫力があった。


  
R391摩周国道・清里町経由で斜里町 ガーデンハウス藤苑へ。ここでは、食事休憩と買い物。車窓からのオホーツク海はとても
広い。


  
R334知床国道で世界遺産 知床五湖へ 。ここでは、高架木道で一湖まで見学したが、冠雪の知床連山と紅葉のコントラストが
素晴らしかった。


  
R334知床国道を戻り知床ウトロ温泉へ。ホテル知床泊。(バス走行距離 約126km) ホテル着は15:30と早めだったので温泉
三昧。


ツアー3日目

  
08:30 ホテルを出発し、斜里町 オシンコシンの滝へ。その後、まっすぐな道が果てしなく続く 天に続く道へ。北海道はどこも
雄大である。


  
R244斜里国道で網走市 濤沸湖へ。その後、網走市 国名勝の天都山へ。曇り空だったが、天都山展望台からの眺めは絶景だった。


  
R244斜里国道を戻り 網走海鮮市場へ。ここでは、食事休憩と買い物。その後、R39北見国道で 女満別空港用地のひまわり畑へ。


  
R39北見国道他で温根湯温泉 北きつね牧場へ。その後、温根湯温泉ホテル 四季平安の館泊。(バス走行距離 約190km)


ツアー4日目

  
08:00 ホテルを出発し、R39北見国道・大雪国道で大雪ダム湖を通り層雲峡へ。流星・銀河の滝と紅葉のコントラストは素晴ら
しかった。


  
R39大雪国道・旭川紋別自動車道・R237富良野国道他で、上富良野町 深山峠 レストハウス想い出のふらのへ。ここでは、
食事休憩と買い物。生憎の曇り空だったが、紅葉の色が素直に出ていてきれいだった。


  
R237富良野国道で、上富良野町 フラワーランドかみふらのへ。ここでは、太陽が顔を出し始め 色鮮やかな花々を写真に収める
ことができた。


  
R237富良野国道他で、占冠村 道の駅しむかっぷへ。トイレ休憩後、道東自動車道で新千歳空港へ。15:30 新千歳空港到着。
(バス走行距離 約310km)


北海道の紅葉は、足早に通り過ぎてゆく。今回のツアーでは、どの観光地でも紅葉が見頃で とてもきれいだった。しかし、
北海道は次の目的地までの距離が長いため、1か所の滞在時間が30〜40分程度と短いのが難点である。

ともあれ、予定通りにスケジュールを消化することができ、事故やトラブルもなく帰宅できたのは幸せなことである。

旅のアルバム 秋遊 ひがし北海道T

旅のアルバム 秋遊 ひがし北海道U