楷書・行書・草書、かな作品のページです。



@ 「 陶淵明 詩 」 行 草 書 A 「 一期一会 」 行 書
B 「 古今和歌集 東歌 」 か な C 「 雪月花 」 草 書
D 「 茶烟永日香 」 楷 書 E 「 新古今和歌集 夏歌 」 か な
F 「 新古今和歌集 秋歌 」 か な G 「 忍 」 行 書
H 「 紅輪當宇宙 」 行 草 書 I 「 臨 呉昌碩 画賛 」 行 草 書
J 「 天長楽無極 」 行 草 書 K 「 雅琴飛白雲 」 行 草 書
L 「 臨 呉昌碩 行書詩巻 」 行 書 M 「 寒梅應自開 」 草 書





@ 「 陶淵明 詩 」 ・ 行 草 書


「盛年重ねて来たらず 一日再び晨(あした)なり難し  時に及びて当(まさ)に勉励すべし 歳月人を待たず」と読みます。
「盛んな若い時は二度と来ない。 だから、その時々を大切に過ごしなさい。年月は人を待ってはくれませんよ」 という
意味で、中国晋代、陶淵明の有名な人生訓の詩です。

この作品は、読みやすいように行書を主体に書いてみました。





A 「 一 期 一 会 」 ・ 行 書


皆さんもよくご存知の「いちごいちえ」です。「今、目の前にいる人は、一生に一度だけしか会えないかもしれないから、誠心誠意尽くすべきだ」という意味で、茶会での心得によく使われる言葉です。

この言葉は、サービス業に携わる人々の心得としてもよく引用されます。 心にしみる、いい言葉ですね。





B 「 古今和歌集 東歌 」 ・ か な


(みちのくは いつ久者あれと 之保可まの うらこくふね農 徒奈て可なし毛)

「みちのくは いづくはあれど しほがまの うらこぐふねの つなでかなしも」 と読みます。

「みちのくでは、いろいろな風景があるけれども、塩釜の浦を綱に引かれながら漕がれて行く舟だけは哀れなことよ」というような意味です。日本三景のひとつ、宮城県松島湾にある塩釜の浦を詠んだ有名な歌です。作者は、「よみびとしらず」と書いてあり不詳です。古今和歌集は、平安時代に紀貫之らによって撰集された、わが国最初の勅撰和歌集(天皇が編集を命じたもの)
です。

この作品は、「変体がな」と呼ばれる漢字の草書を極端にくずしたものと、「かな」を混在させた「平安朝かな」 で書いてみました。 変体がなは、読みにくいという欠点がありますが、作品の流れを出すのには都合がいいので、かな作品によく使われます。 今回使った変体がなは、久・者・之・保・可・農・徒・奈・可・毛です。

文字群が少しづつ離れていますが、この様な書き方を「ちらし書き」といいます。墨の濃淡にも注意して見てください。上から
下へ流れるような、流麗さを感じとっていただければ幸いです。





C 「 雪 月 花 」 ・ 草 書


「せつげつか」と読みます。「雪や月、花などの自然の美しさ」 という意味です。江戸時代の孤高な禅僧、良寛さんの草書を基にして書いてみました。

良寛さんの書は、とても暖かく人の心を和ませてくれるすばらしいものです。その草書は、極限まで文字を省略した独特のもので、リズミカルな流れはとても新鮮です。





D 「 臨 呉昌碩 画賛 」 ・ 行 草 書 ( 臨書作品 )


中国清代の偉大な書画・篆刻家である、呉 昌碩 (ご しょうせき)の画賛を臨書したものです。画賛とは、水墨画に添えて
書かれた漢詩文のことです。臨書とは、書の上達に欠かせない練習法のひとつで、古典(先人が遺した書作品)を手本に
して書くことです。

はじめはそくっりに書きますが、慣れてくるとその雰囲気だけを残し自分なりの書き方ができるようになります。この作品は、
行草書(行書と草書が混在したもの)で書かれています。





E 「 新古今和歌集 夏歌 」 ・ か な


(ハるす支て なつき尓けら志 しろ多へ乃 ころも本すてふ あまの可くや万)

「春過ぎて 夏来にけらし 白妙の 衣干すてふ 天の香具山」 と読みます。

「春が過ぎて もう夏がきたようだ。白い衣を干しているという天の香具山にも」というような意味です。この歌は持統天皇の
御歌で、小倉百人一首にも収められています。

新古今和歌集は、鎌倉時代の初頭に藤原定家らによって撰集された、第八の勅撰和歌集(天皇が編集を命じたもの)です。
また、小倉百人一首も藤原定家の撰によるといわれており、「百人一首かるた」として現在も人気があるようです。

この作品は、上下に緑色の模様がある色紙に、全体を三つの集団に分け それぞれ行頭の高さを変えてみました緑濃い
夏の雰囲気を感じとっていただければ幸いです。 今回使った変体がなは、ハ・支・尓・志・多・乃・本・可・万です。





F 「 新古今和歌集 秋歌 」 ・ か な


(こころ奈き 身尓はあ者れハ 志ら連けり し支多つさわ農 阿き能ゆふくれ)

「心なき 身にはあわれは 知られけり 鴫立つ沢の 秋の夕暮れ」 と読みます。

「物の趣を感じる心がなくなってしまった私だけれども 鴫が飛び立って行く沢の秋の夕暮れは しんみりと物寂しい様子が
感じられる」 というような意味です。平安末期の歌僧・西行法師の有名な歌です。

この作品は、上下がベージュ色で金粉を施した色紙に書いてみました。 物寂しい秋の夕暮れを感じ取っていただければ
幸いです。





G 「 忍 」 ・ 行 書


「忍」の一字を書いてみました。皆さんも、よくご存じの「耐え忍ぶこと 我慢すること」です。しかし、もう一つの意味は「物事に
動かされず心が穏やかなこと」 で、この二つは相反するイメージのような気がします。

私を含めて、最近の人は忍耐が足りないとよく言われますが、できれば平穏無事に耐え忍ぶことなく生活したいものです。





H 「 紅輪當宇宙 」 ・ 行 草 書


「紅輪、宇宙に當(当)る」 と読みます。この作品は、草書を主体として書きましたので だいぶ読みにくいと思います。
しかし、画数の多い文字が続く場合は、草書の方が煩雑にならずにすむので有利です。

また、行草書作品では、各文字の大きさや線の太細強弱、墨の濃淡などに変化をつけることが大切です。 





I 「 茶烟(煙)永日香 」 ・ 楷 書


「さえん、えいじつこうばし」 と読みます。 「烟」は「煙」と同字です。「茶を煮る煙が立ちのぼり 1日中よい香りを振りまいている」 という意味です。

今回は、楷書で書いてみました。1行目は画数の多い文字で、2行目が反対に画数の少ない文字になっています。このような時には、画数の少ない文字を小さく太めに書くと全体のバランスがとれます。

また、楷書作品は各文字に墨の濃淡をつけずに、一定の濃さで書くことが大切です。





J 「 天長楽無極 」 ・ 行 草 書


「天は長くして 楽しきこと極まり無し」 と読みます。この作品は、1行目の各文字を単体に書き、2行目の文字を連綿
(続け書き)させました。こうすることによって、作品全体が変化のあるもになっています。

文字の大小、線の太細・強弱にも注意して見てください。





K 「 雅琴飛白雲 」 ・ 行 草 書


「雅琴、白雲に飛ぶ」 と読みます。 この作品は、草書をメインにして各文字の大小、線の太細・強弱を意識して書いてみました。1文字の中で、太いところと細いところを極端に書くと、その文字に立体感が出てきます。これは、展覧会作品を制作する場合の大切なテクニックのひとつでもあります。

このように、ただ漠然と練習するのではなく、時にはひとつのテーマを自分で決め、それを意識して練習することが大切です。





L 「 臨 呉昌碩 行書詩巻 」 ・ 行 書 ( 臨書作品 )


この作品は、Dと同じで中国清代の偉大な書画・篆刻家である、呉 昌碩(ご しょうせき)の詩巻を節臨したものです。「詩巻」
とは、漢詩の草稿などが数種書かれた巻物仕立てになっているもので、「節臨」とは、長い詩などの一部分を臨書することを
いいます。今回は、行書詩巻の「即席」と題した部分です。

前にも述べましたが、臨書とは書の上達に欠かせない練習法のひとつで、古典(先人が遺した書作品)を手本にして書くこと
です。そして、始めは手本そっくりに練習することから、初期段階では「形臨」と呼ばれています。

呉昌碩の書風は、一般の方々からすると癖のある字で、あまり上手ではないように見えますが、私は、彼独特の力強く奔放
な書き方が好きです。





M 「 寒梅應自開 」 ・ 草 書


「寒梅 應(応)じて 自ずから開く」 と読みます。この作品は、厚手で滲みが少なく抵抗感のある紙(二層紙)を用い、草書体で
書いてみました。そのため、墨の濃淡がはっきりとしており、メリハリのついた作品になりました。

しかし、このような紙に書く場合は、筆がしっかり立っていないと上滑りした弱い線になってしまいます。ですから、普段の練習
でも筆の弾力を利用した用筆法を会得しておくことが大切です。





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