書や篆刻についての知識を簡単にお話しします。


篆刻 (てんこく) について
書 の 歴 史
篆書・篆刻作品の創作
落款印を正しく捺すために



篆刻 (てんこく) について
篆刻とは、簡単に申しますと 漢字の最初にできた書体である「篆書」を素材として、石や木などの印材に印刀(いんとう)を用い 刻すことをいいます。文字通り 「書をす」 ですね。

ごく一般的には、印章( ハンコ )と間違われることがありますが、篆刻は芸術性を尊重した書道の一分野に属しています。広い
意味では、篆刻の一部に印章があるといえます。

「筆歌墨舞」に捺してある印は、 「落款印(らっかんいん)」 といって私が刻りました。このように、自分で書いた作品に自分で刻った印を捺す行為は、中国の明代に興ったもので、書や水墨画、篆刻は文人の嗜みとされています。

でも、あまり堅苦しく考えないでください。みなさんにも経験があると思いますが、小学生の頃に授業で「いもばん」を作ったことがありませんか。また、年賀状に捺すために消しゴムで文字や動物などを刻ったことがありませんか。実は、篆刻もこれと同じ作業をするのです。決してむずかしいものではありません。

日頃ご無沙汰している方や親しい友人へ、毛筆で書いた年賀状に 洒落た印を捺して送れば、受け取った方はきっと喜びあなたに
尊敬の念を抱くことでしょう。

書や篆刻も、しっかりした先生に就けば 簡単に基本を習得することができます。みなさんも、生涯の趣味、教養と書や篆刻を始めてみませんか。

印 刀 ・ 印材を刻る時に使う彫刻刀のようなもの。
  落款印・ 書作品が完成した時に捺す認印のようなもの。




書 の 歴 史
1、文字の起源
古代オリエントにおいて生まれた、楔形文字(くさびがたもじ)・エジプト文字・そして中国の漢字(甲骨文)は皆、ことばを形象化した象形文字です。これらは又、神事や儀礼に用いる神聖文字でもありました。

しかし、民族の興亡や移動の繰り返しにより、徐々にその本質的なものが失われていきました。ただ、漢字だけが今もなおその特質を持ち続けています。

象形文字として出発した漢字は、古代的な観念と習俗の最も的確な表現であり、大変魅力ある様々な形態美を持っています。

2、篆 書
 @ 甲骨文
(こうこつぶん)・ 殷 代
漢字の書体には篆書・隷書・楷書・行書・草書がありますが、篆書は最も早くできた書体です。しかし、
一口に篆書といってもいろいろな種類があり、その中でいちばん初めにできたのが、「甲骨文」です。

甲骨文は、亀の羅や獣のなどに字を刻んだことから そう呼ばれたもので、内容としては神意を知る
占い、つまり占卜(せんぼく)が最も多くなっています。そのため「占卜文」ともいいます。また、中国の
殷王朝遺跡から発見されたので、「殷墟文字」ともいいます。

殷王朝( 紀元前約1400〜同1050年頃 )は約350年間続いたので、甲骨文も前期と後期では形が
異なるものもあります。

甲骨文は、刀刻のため直線的な字画になっているのが特徴です。

  「 射石為虎 」 ・ 篆 刻
 左の篆刻作品は、甲骨文を素材にして 6センチ四方の石に私が刻ったものです。
 「 石を射て虎と為す。」 と読みます。「草むらの石を見て、てっきり虎だと思い
 これを射たら矢が突き刺さった。一念岩をもとおす」 という意味です。
 (中国の古い歴史書「史記」より)

 この作品を見ると、「射」 は弓の形、「為」 は象と手の形、「虎」 は虎の形に見え
 ませんか。(為の右部分は人の手を表し、象を使役する形です)

 このように、甲骨文は古代人が見たままの姿を単純化した 絵文字のようなもの
 なのです。 甲骨文は、非常に面白い形をしたものが多く、大変魅力ある形態美を
 持っています。 いつも思うのですが、古代人のセンスのよさには驚かされます。

 A金 文(きんぶん) ・ 殷 代 〜 周・秦・漢代
殷代には甲骨文のほかに、当時作られていた青銅器(属)に鋳込まれた字があり、これを「金文」 といいます。

青銅器は、宗廟 (祖先の神霊を祭ってある所)の 礼器(らいき) ・ 楽器 ・ 食器・ 兵器 ・
量器 などに分類されます。

殷代の初期金文は、「図象文字」 と呼ばれる一種のマークと祖先の諡(おくりな)などを記しているものが大半でした。
(写真左。象のマークに「祖辛」という人の名前が記してある。)

その後、殷代末期になると漸く短い文章が記されてきます。そして、西周へ受け継がれると徐々に洗練され多字数化して行きます。
鋳込まれた金文は、一般的に丸みのある曲線的な字画が特徴です。 (写真右)

しかし、金文も殷代から漢代まで長い間通用していたため、時代や地域によって形や書風(書き方)に違いが見られ、後期には直接刻されたものも現れます。

これらの金文も非常に面白い形をしたものが多く、甲骨文と並んで大変魅力ある形態美を持っています。なお、西周には占卜の風習がなかったので、殷代をもって甲骨文は途絶えました。

 Bそのほかの篆 書
篆書には、甲骨文・金文のほかに次のようなものがあります。
● 大 篆(だいてん) ・ 戦国時代 (写真左)
戦国時代の秦(先秦)の文字で、小篆の祖型となったものです。

● 小 篆(しょうてん) ・ 秦代 (写真右)
紀元前221年、秦の始皇帝が文字の統一を図るために、大篆を基にして作らせたものです。
この小篆は、篆書の完成型ともいうべきもので、後の隷書などの母体となりました。

● 印 篆(いんてん) ・ 秦代 〜 漢代
小篆を基にして、四角い印に収まるように形を変えたものです。印篆は独自の発達を遂げ、
         今日の篆刻や印章として受け継がれています。

3、隷 書(れいしょ) ・ 秦代 〜 漢代
小篆は複雑で書きにくいために、字画を簡略化した「隷書」が次に生まれました。そして、隷書は漢代になる
と正式な書体になります。

隷書には、古隷(これい・「はね」 がなく篆書味があるもの。)と、完成期の 八分隷 (はっぷんれい・波を
うつような「はね」があるもの。=写真右) がありますが、やはり書風に違いが見られます。

隷書の特徴としては、小篆が縦長なのに対して、横長で左右のはねに独特なものがあります。しかし、横画と
縱画は小篆と同じように水平・垂直を守っています。

ところで、この時代には、まだ「紙」が発明されておらず、竹簡(ちくかん)・木簡(もっかん)や布・石など
に文字を書いていました。

4、楷書・草書・行書 後漢 〜 六朝時代
後漢になると漸く「」が発明され、文字を早く書くことが可能になり、隷書を基にして「楷書」と「草書」、そして、「行書」が生まれました。

また、日本においては、朝鮮半島を経由して後漢から伝来した漢字を基に、「平仮名(ひらがな)」 や 「片仮名(かたかな)」が
生み出され、日本独特の「平安朝かな」文化を築き上げました。

5、楷書・行書・草書の特徴
書の先人は、楷書・行書・草書の特徴を形容して 「楷書は立つが如く、行書は行く(歩く)が如く、草書は走るが
如し」 と表現しましたが、これは誠に的を射たことばだと思います。

それでは、「永」の字を例に挙げ三体の特徴をみて行きましょう。
楷 書 ・縦画は垂直ですが、横画は右上がりで「とめ」「はね」「はらい」 がきっちりとしています。

行 書 ・楷書よりも早く書くために、点画を少しくずして丸みを持たせています。

草 書 ・より早く書くために、点画を省略して続け書き をしています。

以上、三体について簡単に説明しましたが、草書は楷書・行書と全く違った形をしたものが多いために、それを覚えなければなら
ないのが難点です。

このような理由により、現在の日本においては一般的に草書は使用されておらず、書の分野だけにとどまっているのが現状です。




篆書・篆刻作品の創作
 説文解字について

篆書・篆刻作品を創作する場合は、素材とする書体が古代に使用されていた「篆書」であるため誤字になる場合が多くあります。
ですから、最初にまず各文字の字源を調べること(検字という)が大切です。これには、昔から 「説文解字(せつもんかいじ)
という中国の古い字書が もっぱら使用されてきました。

通称「説文」と呼ばれ、西暦100年頃、中国後漢の「許慎」という人が漢字のなりたちを体系的にまとめた最初の字書で、当時
伝わる古代文字の字形と字義を解き明かしたものです。この説文は前に挙げた「小篆」を標準体としています。

文字の字源は、最初にできた甲骨文や金文の字形などを研究することによって解き明かされるものですが、後漢の許慎が字源研究を試みた当時には甲骨文や金文は発見されておらず、小篆と他に大篆・古文がいくらか有るのみでした。そのために、小篆を基準に
するほかなかったのです。ですから、説文は字書として誤りもあり、内容も不十分なものとなっています。

その後、時代が下って校訂が重ねられましたが、根本的なものは変わりませんでした。そして、近代に入った1899年に中国河南省安陽の殷墟から甲骨文が発見されるとともに、文字学が隆盛を極め旧説の修正も進められ現在に至っています。
この説文は中国の古い書物であるため、漢文の知識が必要になりますので少し難しいかもしれません。

 日本における文字学
わが国、日本も東洋漢字圏の国ですが、本格的な文字学研究がなされたのは、やはり甲骨文の発見以降になります。そして、日本においても有能な文字学者が輩出されました。

その中でも、一際目立つのが白川 静先生(立命館大学名誉教授)の字源研究です。 この白川説は、古代民族学的な観点から文字を見据え、それを系列化させることによって字源を明らかにしようとする手法をとっています。

それまでの字源研究は、 説文を絶対視しその根本的な考えから抜け出せませんでしたが、白川先生の理論は、別の角度から字源を見つめ直した画期的なもので、私達一般人にも理解のできる素晴らしいものです。

白川文字学の入門書としては、一般向けに字典化された「字統」 が最適です。私は、この字統を基本にして 説文と比較検討しな
がら検字をしています。




落款印を正しく捺すために
落款印は、書作品の最後を締め括るもので作品の価値に影響を及ぼします。現に、日展や読売書法展などの上位入賞作品を選別する際は、篆刻の審査員を同席させ落款印をも検分するそうです。ですから、自筆の書作品に署名捺印をすることは、本文と同じように重要なことでもあるのです。

1.落款印の使用法について
 漢字作品

@ 印の大きさとしては半切で七・八分角が普通ですが、本文の文字の大きさや落款の大きさによって決めるのがよいと思います。
また、書かれている文字の書体によっても落款印を使い分けることが大切です。

A 書作品を書き終え落款の下に印を捺す際は、スペースを考え一顆(か)、または二顆かを決めます。 一顆の場合は、雅号の下に同じ雅号印を用いるのは良くないという説もあるので、姓名印、または堂号印のみにしたほうがよいでしょう。二顆の場合は、上に姓名印、下に雅号印を捺すのが普通です。

B 印のあけ方としては、落款の最後の文字から印一顆分をあけて捺し、二顆の場合は落款の文字間以上のスペースをあけるのが
目安ですが、書作品全体の調和を考えて臨機応変に押印することも大切です。

C 漢字作品には、引首印・姓名印・雅号印・押脚印のうち、多くても三顆までを押印したほうがよいでしょう。

 かな作品
@ 印の大きさとしては、半紙で三・四分角、半切で六・七分角ぐらいが適当でしょう。

A 押印する際は、名印や雅号印を一顆のみにし、一般的には朱文印を使用しますが、白文印を使用する場合はやや小さめのものがよいでしょう。

B かな作品には、漢字用の印は合わないので避けたほうがよいでしょう。かな用の印は、かなに合わせた大和古印調や金文調の
ものが似合います。

2.印泥の取り扱いについて
落款印をきれいに捺すためには、石印材(特に印面)の保管や印泥の管理に細心の注意を払うことが大切です。

@ 印泥は、押印する前に付属のヘラでよくかき混ぜ、団子状に丸く盛り上げてから使用します。また、使用後は必ず印盒(いん
ごう・入れ物)の蓋をして埃が入らないようにします。これを定期的にかき混ぜると長持ちします。

A 何回も使用していると付きが悪くなるので、その場合は新しい印泥を小さなスプーン一杯分ぐらい加えかき混ぜます。あまり
加え過ぎると油分が多くなるために印影が被り汚くなります。

B 印泥の色は種々ありますが、「古色」(こげ茶色)は身内に不幸があり喪に服す間使用する色で、書家や篆刻家の間では使用
しないのが通例になっています。一般的には、中国西冷印社製の「光明」(朱赤色)・「美麗」(やや黒っぽい赤色)・
「箭簇(せんぞく)」(鮮やかな赤色)などが使用されています。

3.落款印を正しく捺す方法
 用 具
  印 泥 (いんでい)
  印 矩 (いんく)・L字定規
  印 褥 (いんじょく)・下敷き
  絵の具筆一本
  チョークの粉、又は石粉 (石印材を切断する際に出る粉。)


 手 順
@ 完成した書作品の下に印褥を敷き、押印する位置付近を指の爪で軽くこすり滑らかにします。

A 布できれいに拭いた印の印面を上に向けて載せ、真上から見ながら曲がりのないように位置を決めます。
B 印を押さえながら、印矩を印左側面にあてがいます。( 図1 )

C 印矩を押さえながら印を外します。(印矩を動かさないように置いておく)

D 印面に、印泥を軽く叩くように万遍なく付けます。

E 印矩を押さえながら、印矩のL字内側面に印面をあてがい静かに下ろします。(誤押を防止するため、印側面に刻してある側款
 が左側にくるようにする)

F 印の頭と側面を両手の指で押さえ、印面全体に力が行き渡るように捺します。(あまり四方に動かさない)

G 印矩の位置がずれないように注意しながら静かに印を外します。

H 印影に薄い箇所があれば、その部分にのみ再度印泥を少し付けE〜Gの順にもう一度押印します。(一回が限度)

I 終わったら、紙の裏面に油止めとしてチョークの粉等を絵筆に付け、軽く擦り込むようにしてから粉を払います。

以上ですが、一度で捺すのは中々難しいので、失敗した作品を利用して何回か捺し方を練習したほうがよい でしょう。 




    
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