仙台の町家 (仙台市)
仙台市内には、明治時代から昭和初期にかけて建てられた、仙台町家建築の面影を残す貴重な建物がいくつか残っている。
この中には、一部改築されたところもあるが、これからも長く守り続けてほしいものである。 < 2012年 再訪 >

  
醸造元 庄子屋 (昭和初期築)

  
八幡 社の館・旧天賞酒造店蔵 (昭和初期築 平成20年移築復元)

  
仙台駄菓子 石橋屋 (明治18年(1885)築の部材を昭和26年に組み替え)



 
いぐね農家 (仙台市近郊)
仙台市近郊には、昔の農村風景を残す 「いぐね農家」 が見られる。 いぐねとは、風雪などから家屋敷を守るために植えられた
屋敷林のことで、主に仙台を中心とした 東北地方の太平洋側で呼ばれている名前である。

いぐねは、燃料や用材、肥料などにも利用され、農家の暮らしに必要な役割を果たしてきた。 しかし、現在では手入れの手間
や、生活習慣の違いにより 姿を消す運命にあるようだ。 < 2011年 再訪 >

  



 
仙台市歴史民俗資料館 (仙台市宮城野区)
明治7年 (1874) に建てられた木造2階建の洋風建築物で、旧陸軍歩兵第四連隊兵舎として使用されていた。宮城県内では
最古の木造洋風建築物で、現在は仙台市歴史民俗資料館として一般に 公開されている。 修復 (仙台市指定有形文化財)
 < 2010年 訪 >

  

  



 
宮城県知事公館 (仙台市青葉区)
大正中期に建てられた洋風建築物で、当初は旧陸軍の官舎として使用されていた。また、趣きのある正門は同時期に仙台城内から
移築されたものである。

終戦後は、宮城県児童館として使用され、その後 宮城県知事公館となった。 建物内は非公開だが、有料で貸し出しも行っている。
修復一部改築 (正門は県指定有形文化財) < 2016年 再訪 >

  

  



 
三居沢発電所 (仙台市青葉区)
明治41年 (1908) に建てられた 東北初の発電所である。 木造平屋下見板貼り、寄棟屋根の中央部にある明り取り窓が特徴で、
日本最古の水力発電所として現在も稼動している。 修復 (国指定登録有形文化財)) < 2010年 訪 >

  

  



 
東北大学片平キャンパス (仙台市青葉区)
東北大学片平キャンパスには、明治40年 (1907) 創設以来の歴史を感じさせる、貴重な近代建築物がいくつか残っている。
見学は許可が必要。 < 2016年 再訪>

  
旧東北帝大附属図書館本館 (大正13年(1924)築)

  
旧東北帝大属附図書館本館 (大正13年(1924)築)

  
旧東北帝大理学部生物学教室 (大正12年(1923)築)

  
旧東北帝大理学部化学科講義室 (昭和2年(1927)築) ・ 旧東北帝大工学部機械及電気教室 (昭和4年(1929)築)

  
旧第二高等学校書庫 (明治43年(1910)築) ・ 旧第二高等中学校物理学教室 (明治23年(1890年) 築)



 
東北学院大学土樋キャンパス (仙台市青葉区)
東北学院大学土樋キャンパスには、明治19年 (1886) 創設以来の歴史を感じさせる、貴重な近代建築物がいくつか残っている。

東北学院大学本館は、大正15年(1926)に建てられた、ゴシック風鉄筋コンクリート3階建で1階が半地下式になっている。
外壁は、仙台市太白区秋保町産の「秋保石」を使用しており重厚感がある。(2014年 国登録有形文化財)

また、斜め向かいにある ラーハウザー記念東北学院礼拝堂は、昭和7年(1932)に建てられた鉄筋コンクリート地下1階
地上2階建で、上部にあるアーチ状の縦長窓や装飾付きの柱形が特徴となっている。
 (2014年 国登録有形文化財) < 2013年 再訪 >

  
東北学院大学本館

  
     東北学院大学本館玄関の車寄せ              ラーハウザー記念東北学院礼拝堂

東北学院大学土樋キャンパスの敷地内には 昭和19年(1886)に建てられた、国内最古の宣教師館「デフォレスト館」がある。
デフォレストは、米国人宣教師で1874年に来日し、86年に「宮城英学校」 開校のため仙台に移り生涯を過ごした。
建物は、木造2階建で米国調のコロニアル様式が特徴である。 (2012年 国登録有形文化財)

  



 
針生家住宅 (仙台市若林区)
針生家は、藩政時代に奥州街道 仙台河原町入口の木戸番を務めた家柄である。現在の店蔵は明治時代に建てられたもので、
なまこ壁や白壁が美しい。また、母屋は昭和初期に建てられたもので、 昭和23年から 62年まで「針惣旅館」を営んでいた。

針生家前の旧街道沿いには、小林薬局や丸木商店などの古い店蔵が3棟残っており、往時の面影を残している。
一部修復 (居住のため内部は非公開) < 2012年 再訪 >

  

  



 
青下ダム旧管理事務所 (仙台市青葉区青下)
昭和8年 (1933) に建てられた、鉄筋コンクリート造平屋建1部2階建 建築である。曲面状に突出させた階段室や丸窓が特徴で、
当時としては珍しい国際様式志向の建物となっている。(国登録有形文化財) < 2015年 訪 >

  

  



 
旧石垣家住宅 (仙台市青葉区大倉)
江戸時代後期に建てられた大型農家住宅で、寄棟屋根と 二つの床の間座敷に 田の字形の四間を続けた六間取りが特徴である。
石垣家は、青葉区上愛子赤生木にあり、代々村の組頭などの要職を務めていた家柄である。

建物は、平成6年に 仙台市大倉ふるさとセンターの敷地内へ移築復元され、食事処などとして一般に公開されている。
(仙台市指定有形文化財) < 2010年 訪 >

  

  



 
旧伊達邸 鐘景閣 (仙台市太白区)
明治38年 (1905) に建てられた旧華族 伊達家の屋敷である。 木造平屋一部2階建で、表と脇の2つの玄関、大書院、小書院などが
特徴である。現在は、箪笥料理や郷土料理などの食事処として 一般に公開されている。

また、建物の前には 伊達家由来の名木、「鐘景の松(長さ16,5m・樹齢300年)」がある。 移築復元 (仙台市指定有形文化財)
< 2016年 再訪 >

  

  



 
エラ・オー・パトリックホーム (仙台市太白区)
明治29年(1896)に建てられた木造洋風建築物で、尚絅女学会(仙台の私立女学校)の宣教師寄宿舎として使用されていた。
建物の外観は下見板張りの方形で、玄関脇にある部屋の張出し部分や、 2階バルコニー上の飾りなどが特徴である。

建物の名前は、建設資金の援助に尽力した、エラ・オー・パトリック女史に因んで名付けられたという。 移築復元
(見学は尚絅学院大の許可が必要) < 2012年 再訪 >

  

  



 
洞口家住宅 (宮城県名取市)
江戸時代中期に建てられた大型農家住宅で、寄棟の高い屋根と内部間取りは田ノ字型をしているのが特徴である。建物は現役で、
正月や行事のある場合のみ使用されている。 また、表門と馬屋は明治中期ごろに建てられたものである。
見学は、敷地内隣りの洞口家に問い合わせのこと。 修復 (国指定重要文化財) < 2010年 訪 >

  

  



 
旧中沢家住宅 (宮城県名取市)
江戸時代中期に建てられた中型農家住宅で、寄棟屋根と内部の間取りは田ノ字型をしているのが特徴である。
現在は、観光施設として一般に公開されている。 移築復元 (国指定重要文化財) < 2010年 訪 >

  

  



 
日本キリスト教団 岩沼教会 (宮城県岩沼市)
昭和5年 (1930) に建てられた石造りの教会建築物で、鐘楼部の尖塔型屋根と礼拝堂の縦長窓が特徴である。
敷地内には岩沼保育園があり、見学は許可が必要。 < 2010年 訪 >

  

  



 
岩 沼 宿 (宮城県岩沼市)
岩沼は、江戸時代に奥州街道の宿場町として本陣も置かれたところで、陸前浜街道との追分(分岐点)もあった。また、日本
三稲荷のひとつ 竹駒神社の門前町としても知られている。 旧街道沿いには、本陣跡や検断屋敷跡があり、古い蔵屋敷も多く
残っている。 < 2010年 訪 >

  

  

  



 
槻 木 宿 (宮城県柴田町槻木)
槻木は、江戸時代に奥州街道の宿場町として賑わいを見せたところである。 旧街道沿いには、その面影を残す古い蔵屋敷や
江戸時代から続く老舗旅館がある。 < 2010年 訪 >

  

  



 
麹 屋 (宮城県柴田町船岡)
船岡は、万治3年 (1660) に起こった 「伊達騒動」 の中心人物・原田甲斐が治めていた城下町である。 本町は商人町として栄え
たところで、伊達騒動にも登場する 仙台藩の御用商人・麹屋又左エ門の屋敷が残っている。

現在、この建物は「麹屋コレクション」として、古美術品や民俗資料などを展示し、一般に公開されている。本町には、この他に
古い蔵屋敷がいくつか残っている。 < 2010年 訪 >

  
麹屋コレクション

  
大名そば 陣 屋

  



 
蔵の町並み (宮城県村田町)
村田は、江戸時代に 仙南地方の紅花や藍などを集め、江戸や上方へ出荷する 紅花商人の町として賑わいを見せたところである。
この村田商人たちは、紅花取引で得た財力を元に、豪壮な門や店蔵などを 競い合って建てた。

蔵の町並みには、往時を偲ばせる やましょう記念館や趣のある店蔵などがあり、「宮城の小京都」 と呼ばれている。店蔵は
耐久性や耐火性もよく、現在でも使用されている。 (個人宅は非公開) < 2010年 再訪 >

  

  



 
旧八巻家住宅 (宮城県村田町)
江戸時代後期に建てられた 旧八巻家住宅で、寄棟屋根、直ご家 (すごや) 造りが特徴である。 現在は、観光施設として一般に
公開されている。 移築復元 (村田町指定文化財) < 2009年 再訪 >

  

  



 
みちのく公園ふるさと村 (宮城県川崎町)
国営みちのく公園には、江戸時代末期から明治時代にかけて建てられた、東北地方の代表的な古民家を移築復元したゾーンがある。

ここでは、東北各地にあった古民家の特徴を比較することができ、ふるさと村として一般に公開されている。 < 2015年 再訪 >

  
旧奈良家住宅 (青森県弘前市)     旧菊池家住宅 (岩手県遠野市)

  
旧吉尾家住宅 (秋田県由利本庄市)     旧菅原家住宅 (宮城県色麻町)

  
旧佐藤家住宅 (宮城県川崎町)    旧高橋家馬屋 (宮城県川崎町)

  
旧伊藤家住宅 (山形県鶴岡市朝日)     旧山本家住宅 (福島県南会津町)



 
岡崎屋旅館 (宮城県川崎町青根温泉)
昭和初期に建てられた木造2階建の旅館建築物で、全面素通しのガラス戸が特徴である。 建物は、現在でも使用されている。
 < 2010年 訪 >

  



 
青根洋館 (宮城県川崎町青根温泉)
昭和初期に建てられた木造2階建の洋風建築物で、当初 仙台市内にあったものを、後に青根温泉へ移築復元した。館内には、
縁のあった昭和の大作曲家、古賀政男の遺品なども展示されている。現在は、青根温泉資料館として一般に公開
されている。 < 2009年 訪 >

  

  



 
大河原宿 (宮城県大河原町)
大河原は、江戸時代に奥州街道の宿場町として本陣も置かれたところで、羽州街道との追分もあった。旧街道沿いには、その面影を
残す古い蔵屋敷が多く残っている。 < 2010年 再訪 >

  

  



 
大河原カトリック教会 (宮城県大河原町)
大正4年 (1915) に建てられた木造教会建築物で、高い鐘楼部と下見板張りの外壁が特徴である。 改修 < 2010年 訪 >

    



 
白石城と武家屋敷 (宮城県白石市)
白石は、江戸時代に 伊達政宗の家臣・片倉小十郎景綱が治めた城下町として知られている。 白石城は明治維新で廃城となったが、
平成7年に木造建築による完全復元天主として再建された。

  

  

白石城の北・後小路は、片倉家中の武家屋敷が並んでいたところで、現在は旧小関家だけが残っている。 この建物は、江戸時代
中期に建てられたもので、武家屋敷として体裁を整える過渡的な形態を示しているという。

屋敷の前面と側面には、清冽な沢端川が流れ 景観的にも優れているため、平成3年に小関家から白石市へ寄贈された。
現在は、観光施設として一般に公開されている。 修復 (宮城県指定有形文化財)

  

  

  

また、白石は奥州街道の宿場町として本陣が置かれたところでもある。 旧街道沿いには、その面影を残す古い蔵屋敷が
いくつか残っている。

  

  



 
壽丸屋敷 (宮城県白石市)
明治時代中期から大正時代にかけて建てられた 豪商・渡辺家の屋敷で、「すまる」 は渡辺家の屋号である。書院造りの座敷は、
高い天井に明り取り窓を設けているのが特徴で、表通りに面した店蔵も趣がある。現在は、観光施設として一般に公開
されている。 修復 < 2010年 再訪 >

  

  

  



 
上戸沢・下戸沢宿 (宮城県白石市小原)
上戸沢・下戸沢は、江戸時代に 奥州街道と羽州街道を結ぶ、「山中七ヶ宿街道」 の宿場であった。 この七ヶ宿街道は、仙台藩
領内に 七つの宿場 ( 上戸沢、下戸沢、渡瀬、関、滑津、峠田、湯原 ) が置かれたことからそう呼ばれた。

下戸沢宿には本陣も置かれたが、上戸沢宿には検断だけが置かれた。 この検断屋敷は、旧木村家の居宅でもあり、平成15年まで
上戸沢に所在していたが、同年3月に 白石小原の材木岩公園内へ移築復元された。

現在、上戸沢には 茅葺屋根を取り去り、赤く塗ったトタン板を茅葺風に被せた古民家が4軒と、集落北端に移築された茅葺の
古民家 (個人の別荘) が残っている。

  

  

  

また、下戸沢には 趣のある茅葺屋根の古民家が3軒と、茅葺屋根を取り去り トタン板を被せた古民家が数軒残っている。
しかし、これらの古民家も居住していないところがあり、建物の傷みも進んでいるので、国や県などの協力で何とか保存
してほしいものである。 < 2010年 再訪 >

  

  

  



 
旧木村家住宅 (宮城県白石市小原)
江戸時代中期に建てられた検断役・旧木村家住宅で、寄棟屋根の軒をはね出させる「せがい造り」が特徴である。この建物は、
平成15年まで上戸沢に所在していたが、同年3月に 白石小原の材木岩公園内へ移築復元された。

現在は、観光施設として一般に公開されている。 (宮城県指定有形文化財) < 2010年 再訪 >
  

  



 
一條旅館 (宮城県白石市鎌先温泉)
昭和初期に建てられた木造4階建ての旅館建築物で、回廊式のガラス桟が特徴である。現存する旅館建築物としては宮城県最古の
もので、堂々とした造りは重要文化財級といってもよい。建物は、現在でも使用されている。 < 2009年 訪 >

  

  



 
安藤家本陣 (宮城県七ヶ宿町)
江戸時代中期に建てられた、七ヶ宿街道 滑津宿・安藤家の屋敷で、天保年間には本陣を勤め 参勤交代の緒大名が宿泊した。
また、安藤家は 肝入り検断や問屋も兼ねた家柄であった。

平入り寄棟屋根と千鳥破風式棟飾りの玄関や、内部は田の字型4間取りが特徴で、七ヶ宿街道に唯一残る歴史的建造物で
ある。 建物は、現在でも当主が生活を営んでいる。 修復 (建物内部は非公開)

  

  

また、道路向いには築150年以上の茅葺古民家を利用した 「そば吉野屋」 があり、安藤家本陣とともに 山中七ヶ宿街道の面影を
残す貴重な建物である。 < 2010年 再訪 >

  



 
亘 理 宿 (宮城県亘理町)
亘理は、江戸時代に 陸前浜街道の宿場町や、亘理 伊達家の城下町として賑わいを見せたところである。 旧街道沿いには、その面影を
残す古い蔵屋敷が多く残っている。 < 2010年 再訪 >

  

  



 
旧佐藤家住宅 (宮城県角田市)
江戸時代中期に建てられた 旧佐藤家住宅で、寄棟屋根の直屋、内部は広間型三間取りが特徴である。 現在は、観光施設として
一般に公開されている。 移築復元 (国指定重要文化財) < 2010年 再訪 >

  

  



 
旧氏家邸 (宮城県角田市)
角田は、江戸時代に 伊達家の歴代家臣が治めた城下町として賑わいを見せたところである。旧氏家邸は、明治時代初期に
建てられた 大地主・氏家丈吉氏の邸宅で、敷地内には店蔵や母屋、米蔵など、現在7棟が残っている。

母屋内部は 贅を尽くした造りで、新座敷は 大正10年 (1921) に増築されたものである。 また、表門は 旧角田城から移築
されたという。現在は、角田市郷土資料館として一般に公開されている。 修復 (角田市指定有形文化財)

  

  

 角田市内には、この他に 笹森家や加川家住宅などの蔵屋敷がいくつか残っている。 < 2010年 再訪 >

  



 
斎理屋敷 (宮城県丸森町)
江戸時代後期に建てられた豪商 齋藤家の屋敷で、切妻平入り屋根の店蔵と棟門が特徴である。広い敷地内には6棟の土蔵や
旧住居などがある。現在は、蔵の郷土館として一般に公開されている。 修復一部改築(国登録有形文化財)< 2010年 再訪 >

  

  



 
旧丸森郵便局 (宮城県丸森町)
昭和10年 (1935) に建てられた洋風建築物で、1階下部の石貼りとタイル貼り、2階上部の半円形レリーフが特徴である。
現在は、民間会社が入居している。 改修 (国登録有形文化財) < 2010年 再訪 >