山居倉庫 (山形県酒田市)
明治26年 (1893) に 酒田米穀取引所の倉庫として建てられ、現在でも一部は農業用倉庫として使用されている。建物の後に
あるケヤキ並木は、暑さや風などから倉庫を守る役目をしている。 現在は、酒田市観光物産館として一般に公開されている。
 修復 < 2009年 再訪 >
  

  



 
本間家旧本邸 (山形県酒田市)
江戸時代中期に建てられた桟瓦葺平屋書院造りの武家屋敷である。武家屋敷と商家造りが一体となっている建築様式は全国的にも
珍しいもので、昭和20年まで本間家の本邸として使用されていた。 現在は、観光施設として一般に公開されている。
 修復 < 2009年 訪 >

  

  



 
茅葺の古い店 (山形県酒田市平田)
里山に ポツリと建っている茅葺の古い店である。店のガラス戸を開けると、昔懐かしい駄菓子や雑貨が所狭しと並んでいた。
店番のおばあさんと共に、いつまでも健在でいてほしいものである。 < 2010年 訪 >

  



 
金山型住宅 (山形県金山町)
明治時代から大正時代にかけて建てられた、金山型住宅の原型ともいえる建物で、切妻屋根に白壁、金山杉の下見板張りが
特徴である。建物は、現在でも使用されている。 修復 < 2010年 訪 >

  

  



 
旧金山郵便局 (山形県金山町)
昭和14年 (1939年) に建てられた木造洋風建築物で、半切妻屋根と下見板張りが特徴である。現在は、交流サロン「ぽすと」
として観光客の憩いの場所となっている。 修復  < 2010年 訪 >

  

  



 
旧矢作家住宅 (山形県新庄市)
江戸時代中期に建てられた最上地方の中農住宅で、馬屋中門造り (屋根から落ちた雪で出入り口から寒さが入らない構造)
が特徴である。 現在は、観光施設として一般に公開されている。 移築復元 (国指定重要文化財) < 2010年 訪 >

  

  



 
封人の家 (山形県最上町)
江戸時代初期に建てられた旧有路家住宅で、張り出した玄関上の屋根と土間脇に3つの馬屋があるのが特徴である。
俳聖 松尾芭蕉が逗留した建物としては、日本で唯一残っている貴重なところである。

有路家は、国境を守る役人で 「封人 (ほうじん) 」 と呼ばれていた。現在は、観光施設として一般に公開されている。
 修復 (国指定重要文化財) < 2010年 訪 >

  

  



 
旅館 喜至楼本館 (山形県最上町瀬見温泉)
明治元年 (1867) に建てられた大きな旅館で、現存する旅館建築物としては、山形県最古のものである。建物はだいぶ老朽化
しているが、内部の造りや装飾品などは贅を尽くしており、明治大正浪漫を彷彿させる。 < 2010年 訪 >

良質温泉 旅館 喜至楼

  

  



 
田麦俣 多層民家 (山形県鶴岡市朝日)
江戸時代末期に建てられた茅葺の多層民家である。この地域では、明治時代になると養蚕が盛んになり、屋根も兜のような造りに
改造され、月山山麓独特の 兜造り多層民家となった。

現在は、民宿かやぶき屋と、隣りにある旧遠藤家住宅の2棟だけになってしまった。 旧遠藤家住宅は、観光施設として一般に
公開されている。 < 2010年 訪 >

  
民宿かやぶき屋 ・ 兜造り屋根 (修復)

  
旧遠藤家住宅 (修復) (山形県指定重要文化財)



 
五十沢 茅葺集落 (山形県村山市)
宮城県境に近い、奥羽山脈の山懐に ひっそりと佇む茅葺集落である。ここも過疎化が進み、茅葺屋根の維持管理が困難な
ため、現在は5棟ほどしか残っていない。しかし、雪が降り積もった茅葺屋根も中々風情がある。 < 2010年 再訪 >

  

  



 
あらきそば (山形県村山市)
大正時代に建てられた古民家を移築復元した建物である。この店は、手打ち板そばの店 として全国的に知られている。
 < 2010年 再訪 >
おすすめ あらきそば

  



 
旧横尾家住宅 (山形県東根市)
横尾家は、出羽山形藩初代藩主 最上義光 (よしあき) の家老を勤めた、志村伊豆守の末裔である。そして、維新後の明治
21年 (1888) から東根の地で酒造業を営み、地元でも有名な酒蔵として名を馳せた。

建物の正面右側にある土蔵は、大正10年 (1921) に建てられたもので、木の門や板塀と共に趣のある景観となっている。
現在は、東の杜資料館として一般に公開されている。 < 2013年 再訪 >

  

  



 
朝日川酒造 (山形県河北町)
文政5年 (1822) 創業の老舗で、現在の建物は明治初期に建てられたものである。きりっと張り出した切妻屋根が特徴で、内部
や酒蔵なども趣がある 建物内部は非公開。 < 2014年 再訪 >

  

  



 
旧西村山郡役所 (山形県寒河江市)
明治11年 (1878) に建てられた木造洋風建築物で、二層構造の塔屋を持つのが特徴である。現在は、隣に建っている旧西村山
郡会議事堂と共に、寒河江市郷土館として 一般に公開されている。 移築復元 (山形県指定有形文化財) < 2011年 再訪 >

  

  



 
旧西村山郡会議事堂 (山形県寒河江市)
明治19年 (1886) に建てられた木造洋風建築物で、 総二階寄棟造りの外観が特徴である。また、独立した郡会議事堂として
は、全国的にも珍しいものとなっている。現在は、隣に建っている旧西村山郡役所と共に、寒河江市郷土館として一般に
公開されている。 移築復元 (山形県指定有形文化財) < 2013年 再訪 >

  



 
旧村山郡役所 (山形県天童市)
明治12年 (1879) に建てられた木造洋風建築物で、三層構造の塔屋を持つのが特徴である。現在は、天童歴史資料館として
一般に公開されている。 移築復元  (山形県指定有形文化財) < 2010年 再訪 >

  

  



 
清野家住宅 (山形県大江町)
江戸時代に建てられた豪商屋敷で、瓦屋根や蔵などが 最上川舟運による繁栄を今に伝えている。建物内部は非公開。
 < 2009年 訪 >

  



 
柏倉九左エ門家住宅 (山形県中山町岡地区)
柏倉(かしわぐら)九左エ門家は、江戸時代に大庄屋を務めた家柄で、明治時代以降には山形県屈指の大地主となった。
建物は、江戸時代中期に建てられたもので、建坪約360坪、敷地は約2306坪もの広さを誇る。

正面の長屋門を入ると、豪壮な母屋を中心に仏蔵、前蔵、西蔵が廊下で繋がっている。また、米蔵や小屋、麹堂、裏門など
があり、山手の築山庭園も美しい。建物は、現在でも当主が生活を営んでいるが、一般公開もされている。
 一部修復 (山形県指定有形文化財) < 2011年 訪 >

  

  

この岡地区には、柏倉九左エ門家(総本家)を中心に、7軒の分家が約300mの範囲内に散居しており、黒板塀や白壁の土蔵
など伝統的な景観を見せている。建物は、現在でも当主が生活を営んでおり、非公開となっている。 一部修復

  

  



 
旧安達家住宅 (山形県山辺町)
安達峰一郎は、明治2年 (1869) 山辺町高楯に生まれ、東京帝国大学法学科を卒業後、昭和初期に国際司法裁判所判事や
所長を歴任した偉人である。

峰一郎の生家は、江戸時代後期に建てられたもので、寄棟屋根の直家造りが特徴である。現在は、観光施設として一般に
公開されている。 移築復元 < 2011年 訪 >

  

  



 
佐竹家住宅 (山形県朝日町)
江戸時代中期に建てられた大型農家住宅で、山形地方内陸部における上層農家の違例として貴重なものである。建物は、上屋と
下屋からなり、内部は柱の省略が多く当時としては進んだ構架法がとられている。

佐竹家は、江戸時代に山形松山藩の酒井家が治めていた、左沢 (あてらざわ) 領の大庄屋を務めた家柄で、現在でも当主が
生活を営んでいる。 (国指定重要文化財) < 2010年 訪 >

  

  



 
文 翔 館 (山形県山形市)
大正5年 (1916) に建てられた、山形県旧県庁舎と旧県会議事堂である。この2棟は、平成7年に修復され「文翔館」と名付け
られた。現在は、山形県郷土館として一般に公開されている。 (国指定重要文化財) < 2013年 再訪 >

山形県旧県庁舎は、イギリスのルネッサンス様式を基調にしたレンガ造りと 高い時計台が特徴である。また、建物内部の造り
も重厚で見応えがある。

  

  

山形県旧県会議事堂は、イギリスのルネッサンス様式を基調にしたレンガ造りで、後ろ側に平家建の議場を設けているのが
特徴である。旧県庁舎と旧県会議事堂は、赤レンガ造りの渡り廊下で繋がっている。

  

  



 
旧山形師範学校本館 (山形県山形市)
明治34年 (1901) に建てられた木造洋風建築物で、三層構造の塔屋を持つのが特徴である。現在、残っているのは本館主翼部
のみで、山形県教育資料館として一般に公開されている。 修復 (国指定重要文化財) < 2010年 訪 >

  

  

旧山形師範学校本館の隣りには、明治17年 (1884) に建てられた、旧山形師範学校音楽練習室(現山形県立北高校講堂)が
ある。建物の傷みは激しいが、唐草模様のペディメントや漆喰荒壁のデザインが特徴である。 山形県指定有形文化財)

  



 
旧山形市立病院 済生館本館 (山形県山形市)
明治11年 (1818) に建てられた木造洋風建築物で、中庭を囲む14角形の三層塔屋を持つのが特徴である。現在は、山形市郷土
資料館として一般に公開されている。 移築復元 (国指定重要文化財) < 2014年 再訪 >

  

  



 
旧市島銃砲火薬店 (山形県山形市)
昭和元年 (1926) に建てられた 鉄筋コンクリート造りの店舗で、ギリシャ・ローマ風古典様式の外観が特徴である。また、隣りに
建つ白壁の蔵も趣があり、2棟ともにマッチしている。建物内部は非公開。 (国登録有形文化財) < 2010年 訪 >

  



 
旧西村写真館 (山形県山形市)
大正10年 (1921) に建てられた 木造洋風建築物で、洋風弧状破風飾りの切妻屋根や二連アーチ小窓が特徴である。
建物内部は非公開。 < 2010年 訪 >

  



 
料 亭 千歳館 (山形県山形市)
大正14年 (1925) に建てられた和洋折衷の老舗料亭である。ここは、現在も営業しており、内部は趣きのある造りで庭園も
素晴らしい。 (国登録有形文化財) < 2010年 訪 >

  



 
吉池医院 (山形県山形市)
大正元年 (1912) に建てられた洋風建築物で、玄関ポーチやバルコニー、3階の塔屋などが特徴である。この建物は、旧山形
県庁舎 (文翔館) を手がけた設計士によりデザインされたもので、当時としてはモダンな建築物であった。
建物は、現在でも使用されている。 < 2011年 再訪 >

  

  



 
山形市立第一小学校旧校舎 (山形県山形市)
昭和2年 (1927) に建てられた、山形県初の鉄筋コンクリート造りの学校建築物である。建築当初は、勧業博覧会の会場として
使用された。現在は、「山形まなび館」 として化粧直しされ一般に公開されている。 (国登録有形文化財) < 2011年 再訪 >

  



 
山形ペテロ教会 (山形県山形市)
明治末期に建てられた教会建築物で、急勾配の切妻屋根と下見板張りの壁が特徴である。内部見学は許可が必要。
修復 (国登録有形文化財) < 2009年 訪 >

  



 
丸十大屋 (山形県山形市)
江戸時代末期から明治にかけて紅花商を営んだ老舗で、現在は味噌醤油を醸造している。明治27年 (1894) の大火にも、焼け
残った店蔵は貴重な建物である。 店蔵内部は非公開。 修復 < 2011年 再訪 >

  

山形は、戦国時代の武将 最上義光 (もがみ よしあき) が初代藩主として栄えたところで、市内には城下町としての面影を残す
蔵屋敷が多く残っている。


  
のし梅 佐藤屋 (修復)                寝装 野村屋 (修復)

  
山形 紅の蔵 (修復)                 香味庵 まるはち (修復)




  旧山寺ホテル (山形県山形市)
山寺は、東北を代表する霊山として古くから信仰されてきた。正式名は、宝珠山立石寺(りっしゃくじ)といい、江戸時代には俳聖
松尾芭蕉も訪れている。

旧山寺ホテルは、JR仙山線 山寺駅の正面にあり、背景の山寺とマッチしたレトロな木造の2階建である。建物は旧館
(明治期築)と、新館(昭和11年(1936)築)が、玄関を挟んで左右に繋がっている 造りで、旧館2階は大広間になっている。

新館(向かって右側)は、当時としてはモダンな造りで、屋根もセメント瓦で葺かれており、玄関右脇には洋食の食堂があったと
いう。その後、平成19年まで現役のホテルとして使用されていたが、建物の老朽化により閉館となった。
現在は、「やまがたレトロ館」 として一般に公開されている。 < 2013年 訪 >


  

  




  上山城と武家屋敷 (山形県上山市)
上山は、江戸時代に上山藩の城下町として栄えたところで、上山城は 「羽州の名城」 といわれた。 しかし、元禄5年(1692)、
幕命により突如取り壊されてしまった。 現在の上山城は、昭和57年に上山郷土資料館として再建されたものである。

  

上山城の西北部、仲丁通りは上山藩の武家屋敷が並んでいたところで、現在は4軒の古い屋敷が残っている。これらの建物は、
江戸時代中期に建てられたもので、鉤形の曲り家と武家中門造りが特徴である。現在は、観光施設として一般に公開されて
いる。 一部修復 (上山市指定有形文化財) < 2010年 再訪 >


  
旧曽我部家 (庭園のみ公開)

  
山田家 (居 住)

  
三輪家 (内部と庭園公開)

  
森本家 (庭園のみ公開)



  旧尾形家住宅 (山形県上山市)
江戸時代初期に
建てられた大型農家住宅で、中門造りの曲り家が特徴である。 また、建物の面積は約91坪にも及び、内部に
は太い柱が林立している。 尾形家は代々庄屋を勤めた家柄で、上山藩の役人を迎えた上座敷も備えている。
現在は、観光施設として一般に公開されている。 修復 (国指定重要文化財) < 2010年 訪 >


  

  




  楢下宿と古屋敷村 (山形県上山市)
楢下は、上山市東部の山間に位置し、江戸時代に羽州街道の宿場町として賑わいを見せたところである。ここでは、旧宿場町
の古い建物が保存されており、文化庁の 「歴史の道百選」 にも選ばれている。
現在は、観光施設として一般に公開されている。 なお、佐藤家は居住のため建物内部は非公開。 < 2009年 訪 >

  
滝沢屋 (修復)                      武田家 (修復)

  
佐藤家 (居住)                        石 橋

  
庄内屋 (修復)                        大黒家 (修復)

古屋敷村は、楢下宿より更に 山間にある小さな集落で、昭和55年に撮影された、「ニッポン国古屋敷村」 という ドキュメン
タリー映画の舞台になったところである。

しかし、現在居住しているのは 3軒だけになり、廃屋と化した古民家の姿が痛々しい。日本の原風景を色濃く残した この
古屋敷村を、国や県などの協力により 何とか修復保存してほしいものである。

  

  




  金瓶学校 (山形県上山市)
大正から昭和時代にかけて活躍した歌人 斉藤茂吉は、山形県上山市金瓶 (かなかめ) が生誕の地である。金瓶学校の建物は、
明治 6年 (1873) に宝泉寺住職の隠居所として建てられたが、明治20年 (1887) の学令改正により、金瓶尋常小学校として
使用された。ここは、斉藤茂吉の母校でもある。

その後、明治37年に廃校となり宝泉寺で保存していたが、昭和56年に上山市有形文化財の指定を受け修復された金瓶学校の
隣には、茂吉の生家 守谷家住宅 (居住) がある。なお、建物の見学は宝泉寺に問い合わせのこと。
 修復 (上山市指定有形文化財) < 2013年 訪 >


  

  




  小手沢茅葺古民家 (山形県白鷹町)
白鷹町北東部の山間に位置する滝野小手沢地区には、現在でも居住している二棟の茅葺古民家がある。どちらも大きな造り
ではないが、雪国の山里にひっそりと佇む姿は、日本の原風景そのものである。 < 2014年 訪 >


  

  




  旧西置賜郡役所 (山形県長井市)
明治11年 (1878) に建てられた木造2階建洋風建築物で、現存する郡役所では全国で2番目に古いものである。平成16年に
改修後、「小桜館」と命名され芸術・文化の交流施設として利用されている。(長井市指定有形文化財) < 2015年 再訪 >

  

  




  旧桑島眼科医院 (山形県長井市)
昭和2年 (1927)に建てられた石造りの洋風建築物で、屋根の棟飾りと縦長の窓が特徴である。現在は、桑島記念館として一般
に公開されている。 (長井市指定有形文化財) < 2013年 再訪 >

  




  旧小池医院 (山形県長井市)
昭和6年 (1931)に建てられた木造洋風建築物で、八角型の塔屋を持つのが特徴である。建物内部は非公開。< 2013年 再訪 >

  




  長井小学校第一校舎 (山形県長井市)
昭和8年 (1933) に建てられた木造学校建築物で、左右対称 総2階建ての長さは100mもある。建物は、現在でも使用されて
いる。 建物内部は非公開。 (山形県登録有形文化財) < 2009年 訪 >

  




  元羽前銀行長井支店 (山形県長井市)
昭和9年 (1934) に建てられた石造りの洋風建築物で、陸屋根や玄関の太い丸柱、縦長の窓などが特徴である。ここは個人宅
のため、建物内部は非公開。 < 2009年 訪 >

  




  旧米沢高等工業学校本館 (山形県米沢市)
明治43年 (1910) に建てられた木造の学校建築物である。ルネッサンス様式の大きな玄関ポーチと上部のベランダが特徴で
全長が94mもある。この建物は、現JR米沢駅舎のモデルにもなった。現在は、研究資料館として 一般に公開されている。
建物内部の見学は予約が必要。 修復 (国指定重要文化財) < 2009年 再訪 >

  

  




  上杉伯爵邸 (山形県米沢市)
旧米沢藩最後の藩主邸として建てられたが焼失し、現在の建物は 大正14年 (1925) に再建されたものである。総ヒノキ入母屋
屋根、一部2階建の立派な木造建築物で、広い庭園は東京浜離宮に倣って造園され 米沢名園の一つとなっている。
現在は、郷土料理の料亭として利用されている。修復 (国登録有形文化財) < 2009年 訪 >

おすすめ 郷土料理・上杉伯爵邸

  

  




  吉 亭 (よしてい) (山形県米沢市)
大正8年(1919)に建てられた商家 吉澤家の住宅である。寄棟屋根木造一部2階建で、玄関上の張り出した屋根が特徴で
ある。また、趣のある庭園は 米沢市内で最も古い庭園の一つである。現在は、料亭 吉亭 として利用されている。
 (国登録有形文化財) < 2009年 訪 >

  

  




  音羽屋本館 (山形県米沢市)
昭和12年(1937)に建てられた、老舗旅館 音羽屋の本館である。和洋の造りを巧みに取り入れた外観が特徴で、建物は現在
でも使用されている。 (国登録有形文化財) < 2009年 訪 >

  

  




  九里学園 (山形県米沢市)
旧米沢女子高等学校として、昭和10年(1935)に建てられた木造洋風建築物である。角地を利用した玄関ポーチと、薄紅色を
した下見板張りの外壁が特徴で、周囲の樹木とよく調和している。現在は、九里学園の校舎として利用されている。
 修復 (国登録有形文化財) < 2009年 訪 >

  

  



 
西屋旅館 (山形県米沢市白布温泉)
江戸時代後期に建てられた老舗旅館 西屋の茅葺である。以前は、東屋、中屋、西屋 の茅葺屋根で有名だったが、平成12年
3月に起こった火災のため東屋と中屋が消失し、現在は西屋のみがその姿を留めている。 < 2009年 再訪 >

  

  



 
旧佐藤家住宅 (福島県国見町)
江戸時代中期に建てられた中層農家住宅で、三方大壁と板敷きの三間(納戸・座敷・中の間)を持つのが特徴である。また、
屋内は窓が少ないために薄暗く、柱や梁には曲がった材木が多く使用されている。

現在は、国見町観月台公園に移築され、観光施設として一般に公開されている。 移築復元 (福島県指定重要文化財)
 < 2013年 訪 >

  

  



 
奥山家住宅 (福島県国見町)
奥山家は、1840年頃(天保年間)から昭和初期にかけて、呉服屋や金融業などを営んでいた豪商である。この建物は、大正
10年(1921)に建てられたもので、入母屋土瓦葺きの主屋と、寄棟スレート葺きで六角の塔屋を持つ洋館からなっている。

また、主屋には随所に彫刻の装飾が施されており、国見地方では数少ない和洋両方の接客間を備えているのが特徴である。
現在は、観光施設として一般に公開されている。 修復 (国登録有形文化財) < 2013年 訪 >

  

  



 
旧伊達郡役所 (福島県桑折町)
明治16年 (1883) に建てられた木造洋風建築物で、三層構造の塔屋を持つのが特徴である。この建物は、郡役所として現存
する中では最大級の規模といわれている。現在は、桑折町文化記念館として一般に公開されている。移築復元
 (福島県指定重要文化財) < 2015年 再訪 >

  

  



 
桑 折 宿 (福島県桑折町)
桑折は、江戸時代に奥州街道の宿場町として賑わいを見せ、羽州街道との追分 (分岐点) もあった。旧街道沿いには、その
面影を残す古い蔵屋敷がいくつか残っている。 < 2009年 訪 >

  

  



 
旧亀岡家住宅 (福島県伊達市)
明治18年 (1885) に建てられた豪農 亀岡家の住宅で、木造洋風建築の堂々とした造りである。三層構造の塔屋を持つのが
特徴で、内部は大部分が 贅を尽くした純和風造りになっている。 現在は、保原歴史文化資料館として一般に公開されている。
 移築復元 (福島県指定重要文化財) < 2009年 訪 >

  

  



 
旧佐久間邸 (福島県福島市)
江戸時代後期に建てられた大型農家住宅で、福島地方内陸部における上層農家の違例として貴重なものである。佐久間家は、
江戸時代に代々庄屋を務めた家柄で、敷地内には長屋門や土蔵などが残っている。現在は、観光施設として一般に公開されて
いるが、茅葺屋根をトタン板で覆ってしまったのは残念である。 一部改修 < 2011年 訪 >

  

  



 
佐藤家住宅 (福島県福島市)
明治6年 (1873) に建てられた大型農家住宅で、主屋は桁行23mを超えており、現存する茅葺では東北で5本の指に入る規模だと
いう。また、離れや文庫蔵なども残っており、2500坪の広い敷地には庭園もある。

佐藤家は、昭和時代に福島県知事や福島市長を輩出した家柄で、現在も当主が敷地内の本宅で生活を営んでいる。
 居住 一部改修 (2013年 国登録有形文化財) < 2013年 再訪 >

  

  



 
瀬上嶋貫本家 (福島県福島市)
瀬上嶋貫本家は、江戸時代初期から奥州街道 瀬上宿で質屋を営んでいた豪商で、明治時代以降は大地主として知られていた。

主屋は、明治32年 (1899) に建てられた木造2階建で、切妻屋根に黒い下見板張りが特徴である。内部は六間取りで、日本間
や2階の洋間も贅を尽くした造りになっている。

離れは、大正時代に建てられたもので、当時としては高級な黒柿の銘木などが多く使用されており調度品も豪華である。
また、主屋脇には明治時代初期に建てられた文庫蔵がある。 修復 (2013年 国登録有形文化財) < 2013年 再訪 >

  

  



 
旧ノートルダム修道院 (福島県福島市)
昭和10年 (1935) に建てられた木造洋風建築物で、玄関部の張り出しや縦長の窓、ドーマ (屋根窓) などが特徴である。
現在は、桜の聖母短期大学の施設として利用されている。 一部改修 < 2011年 訪 >

  


  



 
日本基督教団福島教会 (福島県福島市)
明治42年 (1809) に建てられた 木骨レンガ造りの教会建築物で、ゴシック式尖塔アーチ窓を持つ鐘楼が特徴である。
建物内部は 和洋折衷の造りになっており、現在でも使用されている。 (国登録有形文化財) < 2010年 訪 >

  

  



 
福島市写真美術館 (福島県福島市)
大正11年 (1922) に建てられた 石造りの洋風建築物で、玄関上部のレリーフと縦長窓が特徴である。この建物は、旧日本電気
計器検定所 (逓信省電気試験所福島試験所) として長い間使用されてきたが、平成11年(1999年)に廃止となった。

その後、平成13年に 写真家 故・秋山庄太郎氏が寄贈した、花の写真を中心に展示する写真美術館として生まれ変わり、一般
に公開されている。修復 (福島市指定有形文化財) < 2010年 訪 >

  

  



 
御倉 (おぐら) 邸 (福島県福島市)
昭和2年 (1927) に建てられた 純和風の木造建築物で、旧日本銀行福島支店の役宅として長い間使用されてきた。そして、
平成12年に福島市が取得し、御倉町地区公園の施設として開園した。

建物の名称は、町名より採り 「御倉邸」 と名付けられ、阿武隈川河畔の高台に位置しているため眺望もよい。
現在は、観光施設として一般に公開されている。修復一部改築 < 2010年 訪 >

  

  



 
旧堀切邸 (福島市飯坂温泉)
堀切家は、戦国時代から続いた豪農・豪商で、明治から昭和時代にかけては 衆議院議員や貴族院議員、内務大臣、東京市長などの
歴代政治家を輩出した家柄である。

現在の主屋は、明治14年 (1881) に再建されたもので、広い敷地内には 県内最古の十間蔵や中ノ蔵、道具蔵などが残っている。
建物は、平成22年5月に修復増改築され、観光施設として一般に公開されている。(十間蔵は福島市指定有形文化財)
  < 2015年 再訪 >

  

  



 
中村屋旅館 (福島市飯坂温泉)
江戸時代末期に建てられた、土蔵造り3階建ての立派な旅館建築物である。 江戸館と呼ばれる旧館は、玄関から入ると直ぐ
に趣のある帳場があり、書院造りの床の間や欄間などは 贅を尽くした造りになっている。

明治29年 (1896) には、旧館の後ろに新館 (明治館) が増築され、百年以上経っても建物は使用されている。
 (国登録有形文化財) < 2010年 訪 >

  

  

中村屋旅館の周辺には、明治時代後期に建てられた 彩進堂酒店や鯖湖神社、共同浴場 鯖湖湯 (平成5年復元) などが
あり、古き
飯坂温泉 の風情を残している。

  

  



 
福島市 民家園 (福島県福島市)
福島市 民家園は、福島県地方の伝承的生活遺産を保護するための施設として、昭和54年8月に開園した。広い敷地内には、
江戸時代中期から明治時代初期にかけて建てられた、福島県内の代表的な古民家などが移築復元されている。

これらの建物は、福島県指定重要文化財や、福島市指定有形文化財に指定されており、民家園として一般に公開されている。
 < 2008年 訪 >

  
旧佐久間家板倉 (穀倉)            旧小野家住宅 (養蚕農家)

  
旧阿部家住宅 (普通農民)           旧渡辺家住宅 (上層農民)

  
旧奈良輪家住宅 (上層農民)            旧菅野家住宅 (普通農民)

  
旧馬場家住宅 (上層農民)           旧筧家宿店 (商人宿)

  
旧紅葉館 北棟 (割烹旅館)           旧紅葉館 東棟 (割烹旅館)

  
  旧広瀬座 (芝居小屋) (明治20年築 国指定重要文化財)



 
旅館 玉子湯 湯小屋 (福島市高湯温泉)
明治元年 (1868) に建てられた 老舗旅館
玉子湯 発祥の湯小屋である。 小ぢんまりとした茅葺の屋根は、何ともいえない風情
がある。 改修 < 2010年 再訪 >

  



 
旅館 二階堂 (福島市微温湯温泉)
旅館 二階堂は、吾妻小富士の東麓標高920mに位置する1軒宿の温泉である。茅葺3階建の湯治棟は明治5年に建てられたもので、重厚な茅葺と内部の三層構造が特徴である。

また、宿泊棟は大正時代に建てられたもので、人里離れた山奥の地と相俟って、秘湯の雰囲気を醸し出している。
 一部改修 < 2012年 再訪 >

  

  



 
安達ヶ原ふるさと村 (福島県二本松市)
鬼ばば伝説の地 安達ヶ原には、二本松の歴史と伝統的な生活文化をテーマとした「安達ヶ原ふるさと村」がある。ここには、
江戸時代後期から明治時代初期にかけて建てられた、二本松周辺の代表的な古民家3棟が移築復元されている。
  < 2012年 訪 >

  
旧斉藤家住宅 (養蚕農家) 江戸時代後期築

  
旧佐藤家住宅 (上層農民) 明治時代初期築

  
武家屋敷 (二本松藩中級藩士屋敷) 江戸時代後期築



 
阿部家住宅 (福島県郡山市)
郡山の奥座敷、磐梯熱海温泉街の一角に建つ大きな古民家である。ここは、江戸時代から若松屋という旅館を営んでおり、
幕末新選組の土方歳三や明治の有栖川宮などが宿泊した歴史のある旅館であった。

現在は住居として使用されており、茅葺は鋼板で覆われているが、白壁の二階建と外塀は威風堂々としている。
  一部改修 < 2012年 再訪 >

  

  



 
喜多方の歴史的建造物 (福島県喜多方市)
喜多方は、藩政時代に米沢と会津地方を結ぶ米沢街道の宿場町として栄えた。また、良質の会津米や天然水を利用した醸造
業が発展し、次々と店舗や土蔵が建てられた。

喜多方市内には、江戸から明治・大正時代に建てられた店蔵や古民家などが多く保存されており、喜多方市の伝統的建造物
群保存地域に指定されている。 修復 < 2016年 再訪 >

喜多方の主な歴史的建造物

  
旧冠木家店蔵(明治初期築)               旧東海林家酒造蔵(大正12年築)

  
松本屋(昭和初期築)                  蔵見世(明治時代築)

  
山中煎餅本舗(築年代不明)               旧嶋新商店(明治時代築)                           

  
金田洋品店(煉瓦蔵・明治末期築)            中の越後屋(築年代不明)

  
吉の川酒造店(大正時代築)               旧笹屋旅館(明治24年築)


 
天 鏡 閣 (福島県猪苗代町)
明治41年 (1908) に建てられた、皇族有栖川家の別邸で、外観は下見板張りのルネッサンス様式が特徴である。

本館は、2階建天然スレート葺の八角塔屋付きで、建物内部も優雅な造りになっている。また、シャンデリアや調度品も
豪華である。 修復 (国指定重要文化財) < 2012年 再訪 >

  

  



 
鶴ヶ城と旧滝沢家本陣 (福島県会津若松市)
会津若松は、至徳元年(1384)に 葦名氏が東黒川館を築いたのが始まりとされ、その後 蒲生氏や加藤氏の時代には天守閣が
築かれた。そして、幕末の戊辰戦争では難攻不落の名城として知られた。

明治維新後、城の建物は明治政府により取り壊されたが、昭和40年に再建され走長屋なども本格的に復元された。
 (城跡は国史跡) <2016年 再訪>

  

  

会津白虎隊自刃の地として知られる飯盛山の麓には、江戸時代中期に建てられた会津藩組頭 横山家住宅が保存されている。
ここは、参勤交代や藩主が領内を巡視する際の休憩所として使用された。また、戊辰戦争時には白虎隊が出陣をしたところ
でもある。

主屋は、屋内の半分が土間になっており、近世における会津上層農家の形が残されている。また、本陣屋敷は19世紀初めに
建て替えられたもので、城下町会津に唯一現存する藩政時代の建物である。(国史跡・国指定重要文化財)

  

  



 
さざえ堂 (福島県会津若松市)
江戸時代後期に建てられた仏堂で、外観は上から見ると平面六角形をしている。また、堂内は二重らせん構造で、上り下りが
同じところを通らない珍しい造りである。名前の由来は、その形が 「さざえ」 に似ているからだという。 (国指定重要文化財)

   



 
会津若松の歴史的建造物 (福島県会津若松市)
会津若松市内には、戊辰戦争の被害を免れた建物や、明治から昭和初期にかけて建てられた店蔵や古民家、洋風建築物など
が数多く保存されている。

特に、城下町の中心を成す大町四ツ角から東西南北に延びる、七日町通りや一之町通り周辺には、古い建物が点在しており
趣のある景観を見せている。これらは、会津若松市の歴史的景観建造物に指定されている。

会津若松の主な歴史的建造物

  
竹細工 竹 藤 天保12年(1842)築           満田屋 江戸末期築

  
末廣酒造 明治25年築                日本基督教若松栄町教会 明治44年築 (国登録有形文化財)

  
渋川問屋 大正期築                   福西本店 明治末期築

  
宮泉銘醸 大正期築                   永 山 大正5年築

  
白木屋漆器店 大正3年築                旧黒河内胃腸病医院 昭和11年築



 
旅館 向滝 (福島県東山温泉)
向滝の本館は、大正初年に建てられたもので、玄関上の入母屋破風や二階屋根の大きな千鳥破風が特徴である。
また、昭和10年には大規模な増改築が行われ、庭園や複数の離れが建てられた。

向滝には、皇族をはじめ 野口英世や伊藤博文などの著名人が多く訪れている。(本館玄関は国登録有形文化財)

  

  



 
大内宿 (福島県下郷町)
大内宿は、江戸時代に会津地方と日光を結ぶ 会津西街道の宿場として栄えた。旧街道沿いには、宿場の茅葺古民家がその
まま保存されており、藩政時代の 一つの村としても貴重な存在である。

ここは、昭和56年に 国重要伝統的建造物群保存地区として選定された。現在は、民宿や土産物店、そば店などに利用されて
おり、福島県有数の観光地として賑わっている。 <2012年 再訪>